Article: ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.3「ULと軽量化について」
ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.3「ULと軽量化について」
今回は、「ハイキング」の世界におけるひとつの方法論「ウルトラライトハイキング (ULH)」についての話をしてみたい。ULHはULと略されることが多いので、以下ULで統一する。
まず、この記事の結論から書いてしまうと、
「UL=軽量化」ではない。である。
大まかに、ULの成立過程を振り返ってみたい。
▼ 1980年代後半~1990年代前半:レイ・ジャーディンが、自身のPCTにおけるスルーハイキングの経験をもとに、ロング・ディスタンス・ハイキングのためのライトウェイトかつシンプルな方法論を確立。それをレイ・ウェイと命名し、1992年に『PCT Hiker’s Handbook』を出版 (のちに『Beyond Backpacking』『TRAIL LIFE』と改題)。ちなみに、レイ・ジャーディンはウルトラライトという言葉は使用していない。
▼ 1990年代半ば~2000年代初頭:オンラインのハイキングコミュニティで、ライトウェイトバックパッキングの議論がなされる。そのなかで、ウルトラライトバックパッキングという言葉が使用されはじめる。2000年には、ライアン・ジョーダンが、BPL (Backpacking Light) というコミュニティサイトをローンチ。ULやULギアの議論がより活発化し、ロング・ディスタンス・ハイキングだけではなく、デイハイキングや数日のハイキングでもULを実践する人が増加する。
今日において、ULをロング・ディスタンス・ハイキングで用いる人もいれば、日帰りや数日レベルで用いる人もいる。ULはもともとはロング・ディスタンス・ハイキングのために生まれた方法論ではあるが、前述のように変遷してきていることもあり、どこでどう活用するかは、人それぞれだ。
ただ現在、ULという言葉がひとり歩きして (認知度が上がり、一般化してきた)、軽量化 (あるいは軽量) と同義で使用するメディアやメーカーもあれば、軽量化のことをULだと思っているハイカーもいる。また、ULギアと呼ばれるギアを使用することがULだと認識している人もいる。
僕のまわりの知り合い(ハイキング未経験者、経験者いずれも)から、こんな相談を受けたことが何度かある。
「ULに興味あるんだけど、どんなギアを買ったらいいかな?」
多くの場合、ただ単に荷物を軽くしたいのか? ULギアと呼ばれるものに興味があるのか? それとも本当にULを実践したいのか? がはっきりしていないので、まずはそこを探る必要がある。そのくらい今、ULという言葉は曖昧なニュアンスで多用されている。
そもそも「軽量化」自体は、レイ・ジャーディン以前、はるか昔からアウトドア業界 (だけに限らずあらゆる業界で) の普遍的なテーマであり、至上命題であり、試行錯誤が繰り返されてきた。
そのなかにおいてレイ・ウェイやULが注目を集めたのは、これまでの常識や既成概念を覆すような方法論であり、とにかく極端であり過激だったからだ。ULはあくまでウルトラ (超) であり、一般的な軽量化とは一線を画すものであるのだ。
だからこそいま、「そもそもULとは?」という問いを立てることが重要だと考えているのだ。
こういうことを書くと、「閉鎖的だ」「排他的だ」「原理主義だ」「人の自由でいいじゃないか」と言われることがある。でも、大事な話なので批判する人こそ、頭ごなしに拒絶するのではなく、読んでほしい。
僕は決して、批判や悪口、マウンティングをしたいわけではない。ULという方法論 (あるいはカルチャーと言ってもいいかもしれない) の普及や発展のために「批評」をしたいのだ。
これまでこの界隈においてあまりに批評というものが少なかった。そして、もちろんULを正しく紹介して広める努力をしている人は確実に存在するのだが (僕などは及ばないほどULへの愛があり実践している人もたくさんいる)、世の中的にはSNSやコミュニティ、ビジネスを媒介にしてつくりあげられた多勢によるULのトレンドにのみ込まれてしまった人 (バンドワゴン効果) が圧倒的に多い。
ちなみに、批評というとイチャモンをつけたりエラそうな物言いをしたりするイメージがあるかもしれないが、決してそうではない。批評とは「理由にもとづいた価値づけ」(※1) のことである。そう、ULの価値をあらためて考え、正しく伝えたい。それが目指すところだ。
僕はライターとして、ここ10年以上のあいだ、ULの記事を書かせてもらう機会が多々あったし、ULに関連するショップやメーカー、ハイカーのインタビューも数多く手がけてきた。
ULにまつわる書籍や記事も読んできた。ULハイカーと名乗るのは憚られるがULもそれなりに実践してきた。そんな僕が理解しているULと、現在目にしたり耳にしたりする機会の多いULはずいぶん変わってしまった印象だ。
※1 批評を「理由にもとづいた価値づけ」と論じたのは、ノエル・キャロルである。ノエル・キャロルは、アメリカ合衆国の哲学者で、分析美学の研究で知られる。『On Criticism』(邦題『批評について:芸術批評の哲学』) 他、著書多数。
時代によってあり方や解釈が変化するのは当たり前だし、あらゆるものがそうだ。ただ、歴史と同様、過去の事実やルーツは不変であり、そこを蔑ろにすることはあってはならない。
先日のYoutubeでも話したように、「正しく理解すること」は大事であり、そのひとつは、本質、ルーツを理解することだと考えている (ぜひ先日公開のYoutubeを参照ください)。
たとえば、音楽にしろ、ダンスにしろ、アートにしろ、それぞれにジャンルがあり、その本質、ルーツ、理論を知らずに実践することはないはずだ。ジャズの理論を知らずかつその規則や手法をなにも踏襲することなく、これがオレのジャズだ! と言って好き勝手に演奏したところで、それはジャズではないし、ジャズとして認められることはない。
お笑いであれば、たとえばM-1グランプリはあえて漫才というジャンルに限定し、コンテストをつうじて漫才の価値を見出すことや、発展につなげるという狙いがある。そして、あくまで漫才の基準で評価がなされる。おもしろければなんだっていい (漫才じゃなくてもいい)、ということではない。
もし「UL=軽量化」とするとしたら、それは「ブレイキン=アクロバティックなダンス」と言ってしまうのと同じくらい、雑な解釈だと僕は思っている。
レイ・ジャーディンがPCTをスルーハイキングしたころは、今のようなガレージメーカーはなく、 マスプロダクトメーカーばかりだった。ギアも重いものばかりだった。だからこそ、レイ・ウェイは独自の価値を有することができたのであり、だからこそ、その方法論がのちにULとして発展し、注目を集め、より大きな広がりをみせた。さらにはガレージメーカーの誕生にもつながった。
でも現在においては、マスプロダクトもかなり軽量化が進んでいる。
ここで、アライテントのウェブサイトに掲載されている「軽量装備の夏山テント山行のススメ」(※2) を紹介したい。
「10kg以下の重量で行く2泊3日のテント山行の装備リスト」を掲載しているのだが、2017年時点で、パックウェイトがすでに10kgを下回っているのだ。ベースウェイトも、6.3kg。
※2 アライテントの当該ページ。https://arai-tent.co.jp/support/support05.html
アライテントのウェブサイトより (https://arai-tent.co.jp/support/support05.html)
ではここで、ULのベースウェイトの基準「10ポンド (4.5kg) 以下」に則って、ギアの軽量化を図ってみたい。
ギア | アライテント | 代替ギア | 重量差 |
---|---|---|---|
テント | アライテント / エアライズ2 1,750 g |
MSR / フリーライト1 740 g |
−1,010 g |
バックパック | アライテント / クロワール35sp 1,100 g |
モンベル / バーサライトパック40 480 g |
−530 g |
シュラフ | イスカ / エア300 570 g |
シートゥサミット / スパーク−1C 493 g |
−77 g |
テントマット | MPI / オールウェザーブランケット 300 g |
SOL / エマージェンシーブランケット 65 g |
−235 g |
これによって合計1,852gの軽量化となり、ベースウェイトは4,448gとなった。
では、果たしてこれはULと言えるのだろうか???
いまやギア全般が以前よりはるかに軽量になっていて、当時設定されたULのベースウェイト10ポンド以下は、もはや適正値ではないだろう。
アウトドアギア (に限らず、あらゆるものがそうだが) は、時代とともに軽量化が進んでいる。昔ULと考えられていた重量が、もはやULと呼べるものではなくなってきているのだ。つまり、ULの基準もアップデートしていく必要があるのだ。
では、どんな方向性を模索すべきなのだろうか。次の記事で考えてみたい。

根津 貴央Takahisa Nezu
ロング・ディスタンス・ハイキングをテーマにした文章を書き続けているライター。2012年にアメリカのロングトレイル『パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)』を歩き、2014年からは仲間とともに『グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)』を踏査するプロジェクト『GHT project』を立ち上げ、毎年ヒマラヤに足を運ぶ。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS)がある。